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2016/08/29

テングニシの卵発生

繰り返しますが、僕は別に貝マニアではないので、特別深い知識もありません。ただ、彼らのゆっくりした生き方がゆっくりした僕の観察のペースに合っているだけです。

と云う事で、今回の定点観察はこれです。テングニシは初夏から夏にかけて砂地のやや深場、水深20~25mの土嚢・流木・タイヤなどに卵を産みつけ、保護する事無く卵を放置して立ち去ります。

彼らに僕が注目するのは、

 「卵嚢の中には数千個の卵が産みつけられるのだが、発生の過程で共食いが進み、最終的に卵嚢から旅立てるのは生き残った10個体程度のみ」

と云う凄まじい生態に心惹かれるからです。そこで、その様子を水中で観察したくて、初夏には彼らの卵を毎年探索して来ました。

 (富戸の波 「富戸でバトル・ロワイヤル」及びその続きの記事を参照ください)

しかし、卵を見つけても、数週間の観察中にそれが消失したり、また、彼らは長い場合には3~4週間にわたって卵を代わる代わる産み続けるので、観察していた卵がどれだったか分からなくなると云う情けない事態も生じます。

が、テングニシ観察を始めて約10年の今年、産卵からハッチ・アウトまでのほぼ全工程を漸く記録する事が出来ました。地味地味な観察なのですが、僕は大満足です。では、はじまりはじまり。

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今年は、テングニシの産卵が盛んで、一時は8匹ものテングがこの場所に集まっていたこともありました。そうして産卵がある程度落ち着いた時点で、今年はこの個体の産んだ卵に注目することにしました。(産卵終期に定点観察すべき卵を決めた方が、それ以後の卵の増加がないので識別し易い)


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産卵一週間後の卵嚢です。内部にモヤが掛かった黒い影が見えます。これをよく見ると小さな粒の集まりであることがわかります。つまり非常に小さな卵がかなりの数あることが確かめられました、

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産卵から2週間後の卵嚢です。外観には殆ど変化がありません。

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そこで、ごめんなさいです。僕はいきものの観察は「ノータッチ」が原則ですが、このテーマだけは、実際に卵嚢の中を見ないと確実なことが言えないので、同じ誕生日と思える傍の卵嚢の一つの内部を水中で開いて見ました。すると、粘液のようなもので互いに絡まりあった黄色くまん丸の卵が沢山あることが確認できました。(無益な殺生で申し訳ありません)

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産卵後3周目で卵嚢の中には大きな変化が見られました。前の週には無数のツブツブ卵が雲のように見えたのに、この時には20個余りの大きな粒になってしまっていました。もし、強い発生個体が弱い発生個体を食ったのだとしたらこの1周間ほどの間に一挙に進んだということです。強い個体が弱者を少しずつ食いながら卵嚢のなかでジワジワと生き残り戦が続くのではなく、かなり短期の間に一挙に強者が決定するのです。

この一週間の変化を今度は日を追って観察したいですねぇ。

ちなみに、個体の影がはっきりと見えることから、この時点で既に小さな貝殻も出来上がっているものと思われます。これまで見てきたボウシュウボラやナガサキニシキニナなどは卵嚢の中でトロコフォア幼生・ヴェリジャー幼生にまで変態すると、そのまま子供のままの姿で卵嚢を飛び出したのですが、テングニシはほぼ親と同じ形にまでなってから孵化するのです。



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こうして、卵内の個体は時間の経過と共に少しずつ少しずつ大きくなって行きました。


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産卵後9週目を迎えると、卵内の個体が少し尖って来た様に見えました。恐らく、貝が明確な形を取り始めたのだろうと考えました。そこで、二度目のごめんなさいです。またもや、傍の卵嚢を開いて中の様子を探ってみました。

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すると、案の定、2回程度の巻きがしっかり出来上がったチビ貝が見られました。軟体部には二つの黒い点が並び、眼も既に出来上がっているようでした。これは、もういつでも旅立てる装備に思えました。

ちなみに、このチビ貝達を水底に置くと、たちまち砂の中に潜って行きました。ちょっと早産させてしまったけど、元気に育ってまたここに戻って来て産卵してくれますように。


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産卵後11週になってもまだチビ貝は卵嚢にいました。もうこうなったら「ニート貝」でしょう。「いい加減外に出て働け~」と叫んだのですが、よく見ると、各個体はすっかり大きくなって卵嚢は既に手狭になって来ました。「愈々かな」と期待が高まりました。

が、残念なことに産卵後12週目の週末は台風の為に潜れませんでした。そこで、その翌週、はやる気持ちを抑えながらテング卵の確認に早速向かったのでした。


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うむ、やはり、卵嚢は空っぽになっていました。

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そして、卵嚢上部にはそれまでなかった横長の穴が開いていたのでした。卵内のチビ貝たちが恐らく一斉にここに穴を開けて飛び出したのでしょう。チビ達にはおそらく歯舌(ヤスリ状の口)が出来ていたでしょうから、それでガリガリと卵嚢を削ったものと思われます。

でも、一体何をきっかけに一斉の旅立ちを決意したのでしょう。卵嚢内がすっかり手狭になったからでしょうか。それとも卵内では最早食料に事欠く様になったからでしょうか。そもそも、外界と隔てられている卵嚢内でチビ貝達は一体何を食っていたのでしょう。

貝の生態はやはり分からない事だらけです。

こうして、テングニシは産卵後凡そ12週を経て子どもたちが親と同じ形で卵嚢を旅立って行くことが分かりました。これは、産卵後凡そ10週で孵化するボウシュウボラ以上の長期間です。ボウシュウは産卵が厳冬期なので発生の進行に時間が掛かるのはわかります。しかし、テングニシは真夏です。ボウシュウはトロコフォア、ヴェリジャー幼生へと変態した時点で孵化するのに対し、テングニシはしっかりした貝殻を備えて親と同じ形で旅立つ事に起因しているのだろうと思います。

はぁ、こうして毎週毎週のチェックから漸く解放されます。肩の荷が降りた思いです。

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真っ白で綺麗な卵が並んでいた産卵床も、今やすっかりボロ長屋になってしまいました。

今年、産卵から孵化までの粗筋を漸く把握できたものの、また新たな宿題も残りました。産卵後2週から3週に掛けての卵嚢内の激変はどの様に進行したのかは是非改めて確かめたい点です。海の生き物の観察は、本当に毎年一歩一歩です。しかも、僅かな一歩です。








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