2017/07/25

ソラスズメダイの産卵

170725sorasuzume
【ソラスズメダイ】

 あちらでも、こちらでも、岩陰でソラスズメダイが入り乱れる様に産卵を繰り広げていました。最も興奮状態であるべきこの時こそ青さを一層輝かせるべきなのに体色がいつも黒く沈んでしまうこの不思議。

2017/07/24

彼女の人生は間違いじゃない

170724kanojono
【彼女の人生は間違いじゃない】

 作品の内容など殆ど知らない数か月前から、「この映画は観よう」と決めていました。このタイトルの不思議な魅力に惹かれたからです。今時、なんと直截なタイトルでしょう。これを見ただけで、「なんだかんだあったけれど、『彼女の人生は決して間違ってはいない』と少し希望を照らす映画なんだろうな」と予想が付いてしまいますよね。作品の結末を一言で言い切ってしまっているのです。たとえるならば、「シャーロック・ホームズ 犯人はカーナボン卿」というネタバレ推理小説を出版する様なものです。

 でも、それを敢えてタイトルに選んだと云う事は、監督の覚悟と自信の表れなのだろうと考えました。

 震災と原発事故以降、仮設住宅で暮らし、平日は市役所で、週末は東京に出てデリヘルで働く女性と、補償金をすべてパチンコにつぎ込んでしまう彼女の父親の物語です。

 観終えて、「うん、確かに、彼女の人生は間違いじゃない」と深く頷く事が出来ました。心にしみる良い映画でした。

 物語は、二人の親子を中心に進むのですが、彼らを取り巻く福島の人々・東京の人々が彼らと連なる山並みの様に同じ高さで、しかも細やかに描かれていることが本作を際立たせています。皆が遣り切れなさを抱えつつ、それが単に「あの地震のせいで」「原発があった為に」だけに押し込められるのではなく、「地震がなくとも、原発がなくとも、彼らは別の遣り切れなさを抱えていたんだろうな」と観る者に感じさせるのです。つまり、タイトルにある通り、「人生」が描けていると云う事です。

 その一方で、「あの地震のせいで、原発があった為に」彼らの人生が大きく変化せざるを得なかったのは紛れもない事実であり、それを表現する一つ一つのエピソードはどれも厳しいリアリティーが溢れていました。

 特に、卒論作成のために福島に取材に来た女子大生の視線は、直接の被害を免れた多くの日本人の「悪意のない冷たさ」を突き付けている様で、観ていて苦しくなりました。

 更に、彼女の元カレ(『恋人たち』の篠原篤さんがここでも好演)に僕は強く感情移入してしまいました。あんなにも切ないベッドシーンを見たのは久しぶりのことです。

 あの日から、6年余り。フクシマを一度飲み込んでから表現するにはこれだけの時間が必要だったのだと云う事に深い感慨を覚えます。福島の人々は本作をどうご覧になるのかも伺ってみたいです。 

武蔵野館 にて (#34-135)

イズオコゼ

170724izuokoze
170724izuokoze3

【イズオコゼ】 2017/07/23  富戸

 ひっさびさに見るイズオコゼです。僕は2度目のご対面となりました。探して見つかる種ではないので、偶然の出会いでしか見ることができません。

 嘗ては、マスダオコゼ(Cocotropus masudai) と呼ばれていた種ですが、それとは別種であることが明らかになり2010年にイズオコゼ(C.izuensis) として記載された新種です。でも、魚類検索で見る限り、両種の差異は前鰓蓋部の棘が4本(マスダ)か、5本(イズ)かだけとされています。

 僕は、「伊豆で見たからイズオコゼだろう」と考えているだけです。

 前回見たときはその識別部がよくわからなかったので、今回はトップライトで影をつけて、頭部をクローズアップしてみました。それでも、う~~ん。5本と言えば5本だけど、かなりこじつけっぽくも思えます。

 やっぱり、「伊豆に居るからイズオコゼ!」

2017/07/23

ハナゴイ

170723hanagoi
【ハナゴイ】 2017/07/23  富戸

うす曇り、べた凪、水温:17~22℃(今の季節、17℃の水域は辛い!)、透明度:14m

 先週のジャパピグに続いて、僕自身にとっての富戸初記録種が今週も登場です。(2年ほど前に、ヨコバマで登場が確認はされていますが、僕は見る事ができませんでした)

 マツバスズメダイの幼魚と群れて泳ぎ回っていました。でも、温帯には全く似つかわしくないこの紫色は大変目立っていました。富戸のパープルビューティーと呼ぶに相応しい大人の色気満開なのでした。

マダム・ベー

170723madamb
【マダム・ベー】

 我が家の妻から嘗て「本当にテレビ好き」と言われていた僕も、近頃ではニュース以外にはあまり見なくなってしまいました。ドラマなんてもう10年以上見ていないのではないでしょうか。(あっ、ごひいきの黒木華さん主演の『重版出来』は見ていたな)。そんな僕が、現在、時間があれば見ている数少ない番組が『クレイジージャーニー』と『陸海空こんな時間に地球征服するなんて』の深夜番組です。両者の共通点は明確です。「地球上にはまだこんな所があるのだ、こんな人が居るのだ」と云う驚きを提供しようという狙いです。秘境と言われるような場所までもカメラが撮り尽くしたと思っていましたが、まだまだ自分の知らない場所や人は幾らでもあるんだなぁと驚かされます。

 僕は、ドキュメンタリー映画が好きです。それは、まだ自分の知らない世界、人、出来事に強く興味を惹かれるからです。そうした意味で、ドキュメンタリーの「ネタ」の宝庫と現在思われるのが北朝鮮でしょう。限られた情報しか得られず、それすらが我々には理解しがたいものであるが故に「情報飢餓感」が一層募るのです。それ故でしょう、この1年ほどの間だけでも、『将軍様、あなたのために映画を撮ります』、『太陽の国』と言う北朝鮮ドキュメンタリーが続いて公開されました。そして、今回は脱北者をテーマとした作品です。

 ただ今回は、北朝鮮と言う国、脱北と言う過酷な選択そのものよりも、その環境を生き抜く「女性の生き方」にスポットライトが当てられます。

 家族を養う為に中国に働きに出たところ、地方の嫁として売り飛ばされ、仕方なく生きるために脱北ブローカーとして働き始めた女性、マダム・ベーのお話です。そうした彼女の人生は、そこから更に大きく変化して行き、本当にドラマチックな人生です。それは彼女が北朝鮮に生まれていなければ味わうことはなかったのでしょうが、岐路に立つ度に彼女が決意し選び取って来た人生でもあるのです。

 本作は韓国人監督の作品なのですが、韓国というお国柄、そして取り上げたテーマから、さぞやコッテリした映画なんだろうなと想像していました。ところが、僕が思った以上に落ち着いた筆致で、どちらかと言うと淡々とと言う様に彼女の過酷な人生を描くのでした。

 ただ、彼女の選択、そして身に降りかかる事件がかなり複雑なので、72分では少し舌足らずになってしまったと感じられました。僕は事前にある程度の情報を得て観たので理解できましたが、まっさらな状態で観た人は「れれれ?」と混乱する事もあるのではないでしょうか。

 しかし、海一つ隔てただけの隣国でこんな「クレージージャーニー」を歩く人が居る事は違いなく、その事に圧倒されるのでした。 

イメージょフォーラム にて (#34-134)

イチモンスズメダイ

170723ichimon
【イチャモン】 2017/07/22  富戸

 水面からでも良く見える、水深30cmほどの場所を覗いていた我が家の妻が呼びます。

「こんなところに、ミヤコキセン~」

えっ?ミヤコキセンはこんな環境に居るかな? もしや? と、シュノーケルとマスクを着けてよく見ると

「ちょっと微妙だけれど、これはもしやイチモンスズメダイじゃない?」

 富戸では稀種。僕は3度目の遭遇に過ぎません。妻の判定に申し訳ないけど、ぼくからの「イチャモンスズメダイ」となりました。

2017/07/22

マガキガイの産卵 - その5

170722magaki2
170722magaki
マガキガイの産卵 - その4」 より続く

【ガッキー】 2017/07/22  富戸

うす曇り、べた凪、水温:20~23℃、透明度:12m

 今日も朝イチはまずガッキー(マガキガイ)探索から。産卵の様子は分かって来たのですが、まだどうしても分からないのが、いつ・どこで・どうして交尾しているのかです。メスの後ろから迫ろうとしているオスと思しき個体はよく見るのですが、両者はどこも接してはおらず、交尾には至っていないようすです。

 そんな中見つけたのが、こんなペアです。オスと思える個体(左)が、メスの右側(生殖口のある側)から迫っています。

 「おお! 遂に交尾のペアを発見か」

と色めき立ったのですが、どこがどうなっているのか、本当に交尾しているのかはよく分かりません。そこで、水底に顔を押し付けながらペアの周りをゆっくり見てまわりました。

 すると、オスの貝殻の下に居てメスの方を見上げているトラギスの幼魚がいました。まさしく、僕が最も観たいポジションです。でも、でも!

 「ダメダメ~! 子供はダメ~! そこは18禁~!」

2017/07/21

地獄愛

170721jigokuai
【地獄愛】
 
 僕は小さい頃から大変な汗かきで、暑いのは大の苦手です。更に我が家の妻が冷房が苦手なので、この酷暑の中でも家でエアコンは全く稼働していません。家で晩御飯を頂いた後は、湯上りの様に全身ビッショリです。
 
 この暑さに打ち勝つには、焼き肉の様なコッテリしたキツイ映画がいいだろうと、脂分多めのこのポスターとタイトルで選んだのが本作です。
 
 愛人関係にありながら兄と妹と偽り、お金を持っていそうな中年女性に近づき、結婚詐欺を働いた上に殺人を繰り返したという実在の連続殺人カップルに基づく物語です。結構コッテリしたスケベなシーンがあるのかな、殺人場面は残酷なのかなと、見たいような見たくないような、でもやっぱり見たいなぁの思いで劇場に足を運びました。
 
 ところが、そんな僕の予想はなんだか微妙に裏切られることになります。見終えて、何だか狐につままれた様な思いだけが残りました。
 
 作品の押したり引いたりのタイミングが観る者とずれて、
 
  「え~? この男のどこがいいの~?」
  「えっ、そうなるの?」
  「そんな事、はじめから分かってるはずじゃない?」
  「な、なんでそこで突然ミュージカル映画に?」
 
などと、作中の人物や映画の展開に「?」が次々並ぶのです。これを「狂った愛の物語」とでも言いたいのかも知れませんが、「愛」なんてどこにも感じません。「慾」と「妄執」のみです。脚本も杜撰です。
 
 じゃあ、全くダメダメ映画なのかと云うと、そこが不思議なところで、B級映画の様にネットリした感覚が妙に後を引くのです。安っぽいペヤングソース焼きそばをたまに食べたくなるのと似たような感覚です。
 
  「あ~、やっぱり暑さにやられてしまっているのかな」
 
と、噴き出す汗を拭きながら帰り道を急いだのでした。  
 
PS. 本作は、『変態村』に続く、「ベルギー闇の3部作」の第2弾なのだそうです。いかんなぁ、3作目も見てしまいそうだなぁ。『変態村』と云うのもむちゃくちゃ気になるなぁ。 
武蔵野館 にて (#34-133)

メガネウオ

170721meganeuwo
【メガネウオ】 2017/07/17  富戸

 コロモガイの葉っぱ状の卵嚢が並ぶど真ん中にメガネウオが身を潜めていました。迷惑だよなぁ、これはコロモガイにとっては迷惑だよなぁ

2017/07/20

ヒトラーへの285枚の葉書

170720285cards
【ヒトラーへの285枚の葉書】

  僕が子供の頃には、8月になると敗戦記念日に合わせて東宝が戦争映画を毎年公開していました。ただ、子供心にも、どれも似たり寄ったりに見えていつしか興味を失ってしまいました。そうした時代による風化もあるのでしょう、近年は8月だから戦争映画という風潮もなくなってしまいました。いや、戦争を経験した人がいよいよ少なくなって来た今だからこそ、戦争とあの時代を見直す作品が求められていると思うのです。この夏は、心ある映画館では『野火』や『この世界の片隅に』 の再映が予定されています。どちらも、後世に語り継ぐべき秀作だと思いますが、あの時代を語る近年の日本映画がこの2作だけと云うのは少し情けない思いです。

  一方で、ヨーロッパではここ数年、ナチスドイツの時代を様々な方向から見据えた作品が次々と制作されています。それは、一つのブームとすら見えるほどです。それは、「今だからこそ記憶に残そう」というヨーロッパの人々の歴史への真摯な向き合いとも思えるし、「戦争を知らないからこそ作れる気安さ」の様なものももしかしたら反映しているのかも知れません。...

 そして、ここでまた邦題の問題です。それらの作品が日本に紹介されるとき、近頃はやたらと「ヒトラー」の名が冠せられる事が増えました。昨年来観てきた「ヒトラー」をタイトルに有する映画とその原題は以下の通りです。

  『顔のないヒトラーたち』Im Labyrinth des Schweigens
  『ヒトラー暗殺』  Elser
  『帰ってきたヒトラー』  Er ist wieder da
  『ヒトラーの忘れ物』  Under sandet

と、原題にはどれもヒトラーの名は付いていません。ヨーロッパの人たちが有する歴史認識の中では「ヒトラー」の名を用いずとも通じる感覚があるのかも知れません。しかし、僕には、日本の配給元が「呼び物」のキーワードとして安易にヒトラーを用いているだけに感じられてなりません。

 そして、本作 『ヒトラーへの285枚の葉書』も原題は、〝Jeder stirbt fur sich allein〝 で、ヒトラーの名は付いていません。

 ヨーロッパ戦線において息子が戦死したことに憤慨したドイツ人夫婦が、ヒトラー政権を弾劾する自筆カードを各家の玄関先や公共施設に密かに置いて回ったという史実に基づく物語です。

 まず、ドイツ国内を描いた映画なのに、登場人物が英語を喋っているのは、やはり違和感がありましたが、ま、そこは許容範囲内です。

 そして、本作のタイトルを見ると、ヒトラー宛に葉書を直接送りつけたかの様な印象を受けますが、実際はカードをベルリンの街の片隅に置いて回ったにすぎません。また、作品中にヒトラーは全く登場しません。だから、ギリギリの判断ではありますが、邦題に「ヒトラー」がついているのは作品の質を損なうものだと思います。テーマはあの時代のドイツ国内を覆っていた空気なのです。

 「息子を失った悲しみ故の夫婦の勇気ある行動 対 それを弾圧しようとする親衛隊」という二項対立にするのではなく、その間に入って苦悩する捜査官、近隣住民に目を光らせるドイツ人密告者、ユダヤ人に対してならば何をしても平気と感じる一般のベルリン市民までをフラットな目線で見た誠実な作品でした。

 もう少しドラマチックな展開があってもよかったかなと思いましたが、本作を見ながら僕がずっと気になったのは、

 「今の日本ってなんだかこの時代のベルリンの匂いに近づきつつあるんじゃないのかな」

と云う事でした。乱暴な言辞が飛び交う一方で、なんだか自分の言いたい事が言い出しにくいような自己規制的なブレーキが自分の中で日本の中でひたひたと忍び寄りつつあるのを感じます。

 やっぱり今年も、『野火』と『この世界の片隅に』を見に行くことにしよう。 

武蔵野館 にて (#34-132)

«気狂いピエロ