2017/06/24

アマモ

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【アマモ】 2017/06/17  富戸

   2011年の港内浚渫によって完全に絶滅したアマモが6年ぶりに復活しそうな兆しが見え始めました。そこで気になってソワソワと巡回パトロールを始めました。すると、葉の数カ所で円弧状の欠けがあるのに気づきました。これは明らかに藻食性魚による食(は)み跡です。

 彼らも生きて行く為だから仕方ないのですが、今回ばかりは僕はアマモに肩入れです。魚からの攻撃を何とか凌いで根付いて欲しいです。

テングニシの卵 - その4

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テングニシの卵 - その3」 より続く

【テングニシの卵】

 5月6日に最初の一粒が産み出されて以降、今年もテングニシの産卵シーズンが始まりました。僕が、本種の観察に毎年熱中するのは、「卵嚢の中に産み出された数千の卵が、発生の過程で共食いを進め最終的には10~20個体だけが生き残る」と言う壮絶な生態に興味を惹かれるからです。そこで、今年も相も変わらず、卵嚢を個体識別しての定点観察です。

① 5月14日: この卵は恐らく5月7日に産み出されたと思われる卵です。産卵後1週間を経て、卵嚢の内部に雲のような影が観られます。これが数千の微小な卵の塊です。

② 5月20日: 第2週になっても、卵嚢内の影は殆ど変わりが無いように見えます。

③ 5月27日: 第3週に入っても変化が観られません。この時点では発生は不十分で、共食い出来るような機能もまだ発達していないのでしょう。卵嚢内の影の形も変わらぬ事から、卵や或いはそれから孵化した微小な幼生はまだ動くことはできないと思われます。

④ 6月3日: ここでやや変化が現れます。卵嚢右側に大きめの明瞭な影が現れ始めます。これは既に貝殻を持った幼体であると思われます。一方、卵嚢の向かって左側に観られて来た卵の影はかなり薄くなってしまいました。

⑤ 6月10日: 卵嚢内右側の幼体の影は一層明瞭になり、左側の影は殆ど消え去ってしまいました。この時点で共食いは完了してしたと思われます。産卵後4~5週で、突然大きな幼体が成長するこの変化はいつも観られるものです。この時点で卵嚢内でどんな事が進行しているのか是非見てみたいのです。

⑥ 6月17日: 生き残った幼体は既に腹足を十分に備えていると思われ、卵嚢内を移動していることが前週との比較でわかります。

 幼体がこの卵嚢から出て来るのにまだ4週程度を要するのが普通です。もう体も出来上がり自分で動けるのに、なぜそんなに長く卵嚢内にとどまる必要があるのか、それも是非見てみたい謎です。

2017/06/23

TAP

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【TAP】

 水谷豊さんの初監督作品として話題の新作です。う~ん、この映画は見に行こうかどうか本当に迷いました。僕はミュージカル映画は無条件に観ます。本作はミュージカルではありませんが、音楽とダンスの物語です。食指が動きます。でも、なんだかちょっと嫌な予感がしたのでした。、

 ステージ上での事故のために足が動かなくなったまま老齢を迎えた伝説上のタップダンサーが、閉鎖が決まった劇場のラスト・ステージの演出のために若いタップダンサーを集めて久方ぶりに日の当たる場所に出ようとすると言う物語です。

 「難しい! こんな映画を撮るのは本当に難しいなぁ!」

スクリーンと向かい合いながら何度もそう感じました。

 本作の性質上、ダンサー役の人は完璧に踊れなくてはなりません。有名な役者の顔だけをプロダンサーの体にくっつけてと言ったCGも可能なのかもしれませんが、その事実を知った途端に観客は白けてしまうでしょう。だから、「踊れる俳優」か「演技の出来るダンサー」か、現在の日本ならばどちらかを選ばざるを得ないのです(ブロードウェイならばそのどちらも出来る人がわんさか居るのかも知れませんが)。そして、監督はその後者、「ダンサー」を選んだのでした。

 だから、ダンスシーンのスピード感は抜群です。特に、宣伝文句にもなっているラスト24分間のステージ・シーンは素晴らしく、特にその終盤部は胸が熱くなって来ました。

 しかし、その一方で、やはり演技部分は拙さが目立ちました。観る者の気持ちが登場人物に全然乗って行かないのです。一緒に観に行った我が家の妻は「小芝居」とまで評していました。そして、脚本もまた詰めが甘かったです。こうした物語は、無名のダンサーが抱えている人生を描くのが常道でしょうが、そこの踏み込みが中途半端に思えました。無駄をそぎ落として、人物像や感情の起伏とその変化をもっとクッキリ描いて欲しかったです。 

 と、まあ勝手な事を書きましたが、俳優から映画監督に転じる人が日本でもっともっと出て欲しいので、ある程度の興行成績を収めて呉れることを願っています。次回作に期待します。

TOHOシネマズ 海老名 にて (#27-117)

22年目の告白

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【22年目の告白】

 公開開始と共に評判を呼び、今も興収トップを走り続けている人気作です。確かに、予告編を見ただけで「こりゃあ、何だか面白そうだな」と興味を惹かれました。

 22年前、残酷な無差別連続殺人が世間を震撼させますが、結局迷宮入りとなります。しかし、その事件が時効を迎えると、真犯人が名乗り出て記者会見を開き、手記まで出版してベスト・セラーとなります。さて、この男はなぜ今になって名乗り出たのか、と言うお話です。

 こんな殺人犯にはピッタリと言ってもよい藤原竜也さんが殺人犯をいつもながらにコッテリ・ネッチリと演じ、昔この男を取り逃がした刑事を伊藤英明さんが抑えた演技で応じます。設定も奇抜だし、ストーリーのテンポ良く、中盤までは観る者をグイグイ引っ張って行きます。

 「もしかして、『セブン』みたいな後味の悪い辛い結末になるの? でも、それはそれでいいと思うな」

などと色んな思いが頭の中に去来して、ストーリーを先へ先へと追って行きます。

 後半から、この男の狙いが露わになり始めて、物語は更に大きく舵を切ります。ここからが恐らく評価の別れるところかなと思います。ジェットコースター型の展開が広がると共に、ポロリポロリと突っ込み所がこぼれ落ち始めるのです。そんな事気にせずに、ジェットコースターにしがみついてスピードに身を任せていればドキドキと楽しめるのかと思います。僕自身は「ギリギリ セーフ」と言う判断でした。

 でも、正直言うと、「22年前の犯罪を告白して本を出版した男」の物語として深く深く掘り下げて欲しかった物語でした。

 そして、もう一つ。藤原竜也さんは確かによくやっていましたが、『デスノート』や『カイジ』以降、彼はこんな役ばかりが目につきます。「もう、いいんじゃないの」と思えました。彼はもっと広い役柄を演じられるでしょうし、本作も、22年前の事件の告白ならばもっと年長の役者さんを当てるのが適当だったでしょう。 

MOVIX 橋本 にて (#27-116)

2017/06/22

ローマ法王になる日まで

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【ローマ法王になる日まで】

 僕は特定の宗教を持っていません。そんな人間にとっては、「なぜ、神や絶対的な存在を信じることができるのか?」は非常に重く興味ある問題です。しかし、例えば内村鑑三は自らの信仰の足跡を語った書『
余は如何にして基督(キリスト)信徒となりし乎(か)』の中で、こんな意味のことを述べていたと記憶しています。

 「自分は本書で、『何故基督信徒となりし
』を述べるつもりはない。『如何にして基督信徒となりし乎』を語るのみである」

 何故信仰を得たのかを言葉にすることは大変難しく、信仰の本質に迫ることなのだろうと想像します。禅の「不立文字」と言う考えとも繋がるのかも知れません。

 本作は、アメリカ大陸出身者としては史上初めてその地位についた現在のローマ法王・フランシスコの半生の物語です。全世界に何億もの信徒を有するローマ法王の物語なのだから、そんな悪く描かれる筈はないし、バチカン内部のドロドロした抗争が取り上げられる事もないでしょう。「貧しい人々、病む人々と共に」と言った調子のお話だろうと思っていました。

 アルゼンチンに生まれ育ったフランシスコは、20歳の時に神に仕えるのが自分の道と思い定めイエズス会に入会します。ここで、「ああ、『何故基督信徒となりし
』はやっぱり全てすっ飛ばすんだな」と少しガッカリしました。しかし、ここからが僕の予想を大きく裏切る展開でした。

 ところが、当時のアルゼンチンはビデラ軍事独裁政権下にあって、一般市民の拉致・監禁・拷問・裁判なしの処刑が横行していたのでした。そんな中、教会関係者にも政権の手は延び、彼も教会の責任者として問題と真正面から対峙せざるを得なくなるのでした。

 この辺の描写がきつかったです。「貧しい人々、病む人々と共に」といった生易しい事前の想像を吹き飛ばす厳しい現実です。生々しい拷問や虐殺の描写に思わず眼を閉じてしまうこともありました。

 「こ、こんなにも厳しい現実によって彼は自分の信仰を試されていたのか」

と驚かされました。

 それだけに少し残念だったこと。彼の半生を描く為に物語は更に先に進めざるを得ず、或る所で場面が変わって、「独裁政権崩壊数年後」になっていました。これは勿体無い。かなりの時間を割いてこの迫害の時代を描いたのですから、彼の信仰と絡めてとことんこの時代の物語を掘り下げてほしかったです。そうすれば、アルゼンチンの「沈黙」にもなり得たのではなかったでしょうか。  

シネマ ジャック&ベティ にて (#27-115

 

Gold

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【Gold】

 実話に基づくお話なのだそうですが、いやぁ、こんな事が本当にあったなんて全く知りませんでした。1990年台に株式市場を揺るがしたBre-X 事件として世界的には名高い事件なのだそうですが、日本ではあまり報道される事もなかったのではないでしょうか。

 倒産の危機を迎えている鉱山会社の社長が、最後の大勝負に全財産を投じて地質学者と組んでインドネシア奥地での金鉱脈の探索に賭けます。そして、資金が切れるギリギリの時に金の含有率の高い大鉱脈を掘り当てるのです。そのニュースが世界に伝わるや、彼の会社の株価はうなぎ昇り、欲に駆られた様々な人間が彼に近づき、或る者は彼の権利を掠め取ろうとし、その度に彼の運命はジェットコースターの様に急上昇・急降下を繰り返すのです。

 文字通りの山師のお話で、そうした胡散臭い男を演じるマシュー・マコノヒーはまさしく適役です。

 ただ、折角の面白い素材なのに、ストーリーのスピード感がスクリーン上にはうまく展開出来ていなかった様に感じました。運命がガラリと変わる幾つかの点でのダイナミズムをもう少し切れ味鋭く切り取ってほしかったです。

 でも、観終えた後の帰り道に、「もし、僕が金塊を掘り当てたら」と言う誰もが陥る「考えても意味のない想像」に駆られてしまったのは、本作の罠にまんまとはまってしまったa証かも知れません。

TOHOシネマズ海老名 にて (#27-114)

テングニシの卵 - その3

テングニシの産卵 - その2」 より続く
 
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 5月6日に最初のひと粒が生み出されて以来、一時は5個体の雌雄が入り乱れたテングニシの動きも一段落した模様で、産卵床には黄白色のドミノ型卵嚢が複雑なラインを描いて並びました。

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 この卵嚢の両面は実は同じ形状ではありません。片方はツルツルの表面を有しています。

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 一方、その反対側は、肩の部分にショルダーパッドの様なラインが入っています。

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 そこで、上の産卵中の個体を見ると、ツルツル面を手前にして奥に産み進めていることがわかります。

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 だから、産卵時の様子は見ることが出来なかった上の様な卵嚢でも、両面を識別することで、この写真の左から右に産み進めたことが分かります。

テングニシの卵 - その4」 へ続く

2017/06/20

アミメハギの卵保護 - その4

アミメハギの卵 - その3」 より続く

【アミメハギの卵保護】 2017/06/17 富戸

 卵保護中の魚が口を卵塊に近づけている行動を「新鮮な水を吹き付けている」とよく説明されていますが、それが本当なのかを確かめた事がありますか? スズメダイやハゼ類の様に岩などの硬い基質に産み付けた卵ではそれは分かりにくいのですが、今回見たアミメハギでは基質が海藻であり、卵塊がジェル状なので、メスが口元を近づけた部分だけがプルプル震えているのが分かります。

 口が卵に直接触れてはいないことから、水を吹き出しているのだと分かります。

2017/06/19

ニュー・シネマ・パラダイス

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【ニュー・シネマ・パラダイス】

 もう、今回で何回目になるのか分からないほど繰り返し観て来た映画です。それでも、スクリーンで観る機会があればやっぱり足を運んでしまいます。

 今やすっかり僕のお気に入り映画館となった地元のアミュあつぎ映画.シネマで、最初に観たのも本作でした。開館した3年前の夏の事だったと思います。駅前を歩いていて、見慣れたこのポスターが目に入り、思わず立ち止まり、この映画が上映されること、更に重要な事に、十年以上前に閉館した地元の映画館がリニューアル・オープンした事を知ったのでした。そうした意味でも僕には思い出深い作品です。だから、当館のオープン3周年記念に再び本作が上映されるとあっては足を運ばざるを得ません。

 以下は、本作をご覧になった方に宛てた記録です。

 何度観ても感心するのは、どのカット、どの台詞一つとっても無駄が何一つなく完璧に作られている事です。どう見ても作り話であり、50年以上昔の遠い外国の話なのに、「そうだった、そうだった」などと昔話を聞くように観る人の心に寄り添って来るのです。

 本作の泣かせ所は、ラストの映画館のシーンであるのは間違いないでしょう。僕も、毎回ウルウル来てしまいます。でも、僕が一番泣けるシーンはここではありません。

 兵役を終えてローマから故郷に戻ったトトにアルフレードが故郷を捨てろと語るシーンです。

 「ローマへ帰れ
  もう、お前とは話さない
  お前の噂を聞きたい」

語る者にとってこんなにも寂しく、語られる者にとってこんなにも厳しく、そしてこんなにも愛情に溢れた言葉があるでしょうか。この場面に来ると僕はもう堪え切れなくなってしまいます。

 優れた映画には、自分を投影したくなる登場人物が必ず居るものですが、本作中で僕が自分を重ねてしまうのは、村の広場で暮らす狂人です。今のところ、食う物にも困らない暮らしを送っている人間が自分を狂人に喩えるのは、ある意味では傲慢なのですが、何を生産する訳でもない爪弾き者でも生きていける場所があるあの村と、そこで何とか生きている彼を僕は堪らなく愛おしく思うのです。

 そして、もう一つ哀切に思うのは、「映画と観客の間のこの幸せな関係はもう二度と帰ることはないんだろうな」という事です。「映画好き」と言う方とお話していると、実はその方は殆どを レンタルDVD で観ているという事が分かりガッカリすることがあります。映画館が身近にない土地も数多いのですから、それも致し方ないし、もっと積極的に評価すべきなのかも知れません。でも、僕にとっては「映画館で上映されるものこそが映画」なのです。

 そんな偏屈な事を言ってたら若い人たちからは疎まれるだけかも知れません。でも、そんなオッサンも見て見ぬふりして欲しいと思います。あの村の広場に居た男の様に。

アミュあつぎ映画.com シネマ にて (#27-113)

アミメハギの卵 - その3

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アミメハギの卵 - その2」 より続く

【アミメハギ】 2017/06/17  富戸

 アミメハギのメスが守っていた卵をクローズアップしてみました。「もしかしたら、この日の朝に産んだばかりの卵かな」と思っていたのですが、発眼はしていないものの、出来上がりつつある体の黒い斑紋が見え始めていることから産卵後2日程度は経っていると思われました。

アミメハギの卵保護 - その4」 へ続く

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