2017/08/23

ゆきゆきて神軍

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【ゆきゆきて神軍】

 僕の8月映画祭 「スクリーンで観る戦争映画シリーズ」、 まだ続いています。

 いよいよ大御所とも云うべき作品の登場です。30年前の公開時に観て、度肝を抜かれました。今回リバイバル上映&監督のトークショー開催と云う事で勇んで参加しました。...

 先の戦争で、ニューギニア戦線を命からがら生き延びて帰国し、それ以降、体一つで戦争責任を問い続けて来た奥崎謙三氏の活動を追ったドキュメンタリーです。

 と云うと、「正義の信念に貫かれた平和の使者」の様に響きますが、そんな甘っちょろい男ではないと云うのがこの作品の、そして人間の面白い所なのです。氏はかつて、天皇一般参賀の日に、昭和天皇に向かってパチンコでパチンコ玉を撃ち放ったり、ポルノ写真の顔に天皇をはじめとした皇族の人々をコラージュしたビラをばらまくなどして逮捕された経歴を持ちます。何だか、ちょっとどこかズレてるぞと感じますよね。

 また、本作中でも、結婚式の挨拶に延々と天皇批判の演説をぶったり、今や体を悪くして入院している嘗ての下士官の病室に乗り込んで「戦時の行状に対する神罰が下ったんだ」と当人の目の前で堂々と言い放ったりするのです。こうなると、あまりにも「空気読めなさ過ぎ」の男に映ります。

 ところが一方で、氏の主張は終始一貫した論理で貫かれているのです。日本が負けた事を既に知っており、戦後20日以上を経過しているにもかかわらず敵前逃亡の咎で部下を銃殺した上官を追い、当時何があったのかを関係者を訪れながら聞き出そうとします。それは、

  「すべてを話して、広く知ってもらう事が、同じ過ちを繰り返す歯止めになる」

との信念に貫かれての行動です。そして、(監督の言葉を借りるならば)

  「天皇は戦争について一言も謝っていない」

という思いが彼を動かす原動力になっているのです。

 と、ここまで書いても、本作を語った気がしません。この映画は更に多層的に出来ているのです。奥崎氏は、関係者を訪ねて「すべてを話してくれ」と言いながら、急に激して相手に馬乗りになって殴りかかったりします。でもそれは、感情が高ぶってと云うより、カメラを意識してのオーバー・アクションにも見えます。また、自分の言葉に自分で酔っているのではないかと思える場面もあります。一体どこからどこまでが彼の本当の姿なのかが分からなくなって来るのです。

 その一方で、それを撮影している監督にも思いが到ります。現場がこうして揉め始めたら、

  「まいったなぁ~」

と思っていたのでしょうか、それとも、

  「いいぞ! もっと遣れ!」

と、気持ちを高ぶらせていたのでしょうか。そう考えると、ドキュメンタリーとは何を写す行為なのか、ドキュメンタリーは真実を伝えられるのかと云った議論にまで及びます。

 マトリョーシカの様に何層もの構造を有し、様々な方向からの考察を導く作品です。30年を経ても色あせる事のない怪異の作品でした

追補: 上映後の監督のトークショーは大変面白かったです。お話が面白いのは勿論なのですが、監督自身にもどこか胡散臭さが漂い(決して悪口ではありません)、「この人の事ももっと知りたい」と思ったのでした。 (#41-152)

トビウオ

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【トビウオ】 2017/08/20  富戸

 Ex間際に水面を見上げた時に見つけたトビウオの幼魚です。いつもよく見るツクシトビウオの幼魚とは違って、体も翼も黒い種です。これは何トビウオだろう。難しいなぁ。

2017/08/22

草原に黄色い花を見つける

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【草原に黄色い花を見つける】 

 僕は、こんな映画が好きなんだよぉ~。しかも、大好きなんだよぉ~。

 この美しいタイトルと、東南アジアらしい深い緑のポスターを見ただけで、「鑑賞決定」が直ちに決定しました。1980年代のベトナムの村を舞台に、幼い兄弟と、そこに偶然同居することになった少女との淡い初恋の物語だそうです。

 「合格~!」

 僕の好きな要素を揃えたその設定だけでまず合格が決定です。そして、観終えて。

 僕の「映画経絡秘孔」を1ミリの狂いもなく全て貫いたその手腕に、エンドロールが出る前に僕は、「既に死んでいる」のでした。

 上に挙げた様に設定はどこかノスタルジックなのですが、恐らくデジタル撮影と思えるシャープな映像がどこか新しい感覚を呼び起こしてくれます。しかも、映像には尖った角が全くなく、森の木々も、たおやかで優雅な曲線を描いている様に見えます。

 無邪気だけれど知恵の働く弟、少し屈折した兄、そこへ飛び込んだ愛らしい少女、それぞれの個性が際立ち、それだけでなく、様々な小道具やおとぎ話的な広がりも豊かです。

 少年らしい、小さな思いと、憧れ。そして、小さな嫉妬、小さな秘密と小さな裏切り。そして、それが生み出す大きな後悔。それらがピンセットで摘まむように繊細に描かれます。それら一つ一つが全て愛おしいのです。

 物語は殆どが少年の視線で語られるのですが、それを観る僕は、彼のお父さんやお爺さんの目ではなく、すっかり小学生の僕として物語の中に居ました。僕が生まれ育ったのは緑など全くない灰色の大阪の街のど真ん中だったのですが、この映画の中のどこかに僕は間違いなく居たのです。8月の末になって秋の匂いがわずかに漂い始めた青空を見上げて、

 「あ~、夏休みが一生続けへんかなぁ~」

と言っていた僕が確かに居たのでした。

 関東での上映館がたった2館だなんて信じられません。必見です。

武蔵野館 にて (#41-151)

ベイビー・ドライバー

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【ベイビー・ドライバー】

 映画では「つかみ」が大切です。観る人の気持ちを冒頭で如何に掴んで物語の中に引きずり込むかに製作者は知恵を絞るのです。SFやアクション映画では、はじめに派手な映像で一気に盛り上げるのが常道です。そうした意味では、今年観た映画の中で本作はぶっちりぎりの「つかみ大賞」でした。ただし、派手な銃撃場面が繰り広げられる訳ではありません。ただただ無茶苦茶カッコいいのです。

 強盗が銀行から金をふんだくって逃走する際に超絶のドライビングテクニックでパトカーの追跡を巻く若いドライバーのお話です。

 まず、本作の大きな特徴は、登場人物の動きやカーアクションを音楽の歌詞やリズムに緻密にシンクロさせている事です。しかも、音楽がどれもブラックでビートの効いた曲ばかりというのが観る者の心臓の拍動を一層高めます。僕は極音上映館で観たのですが、重低音が腹の底に響くと興奮が一層高まりました。登場人物は誰一人突然歌い出す訳ではないのですが、これも立派なミュージカル映画と言えるでしょう。しかも、飛び切り新しいミュージカルです。

 過去に遭遇した事故のせいで耳鳴りが止まず、それを打ち消すためにイアフォンから常に音楽を聴いているという無口な主人公の設定もカッコいいし、今や見かけなくなったオーディオ・カセットで日常会話を録音してそれをリミックスして音楽を作るという彼の趣味も凝っています。近頃、日本でもカセットテープが復興しつつあると聞きますが、この映画を観たら若い人は自分もカセットが欲しくなるでしょう。

 また、CGなどは恐らく一切なく、ただ銃と自動車のみと云うアクションが素敵です。途轍もないCGよりも突っ走る車の方が心の原始的な部分に訴えるものがありますね。

 中盤に少し物語がだれ、ラブ・ストーリーとしては少し線が細いのですが、そんな細かい事は今は言いますまい。あと何十年か若かったら、観ながら「ヒャッホー」と声を上げていただろう快作でした。 

立川シネマシティ にて (#41-150)

ハナオコゼ

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【ハナオコゼ】 2017/08/20  富戸

 浅場に流れ藻やゴミがわんさか押し寄せた時には、ドキドキしながらその下を宝探しです。そして、この日の一番の掘り出し物はこれ。ハナオコゼがプラスチック・カップの中で足を踏ん張っていました。全長10cm以上はあり、これまで富戸で見たことない程の大きさでした。

 こいつは、スタバに行った時には、「ダークモカチップ・フラペチーノをグランデで」なんてすかした事を言ってるんだろうなぁ。

2017/08/21

わすれな草

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【わすれな草】

 アルツハイマーが進行する母とそれを介護する父、そして、その父母を撮影する息子のドキュメンタリー作品です。

 例えば、戦争映画ならば、製作者はどんな残虐な場面だって臆することなく描かねばならないし、観客はそれを観なければならないと僕は思っています。直視し得ない様な現実を見てこそ、「こんな悲惨な事になる前に我々は何をなすべきなのか」を考える事ができると思うからです。

 しかし、老いの問題、とりわけ認知症や介護の問題となると、正直言って腰が引けてしまいます。それは、いくらその現実を観ても行き詰まりを感じてしまって、どうしようもない無力感を抱くからです。自分が介護する側であれ、される側であれ、年老いて心身の自由が利かなくなると云う現実には抗い様がありません。だから見るのが辛いのです。

 が、本作では、肉親である息子が製作者として父母と向かい合い、この男女の歴史を語ることで物語に広がりとふくらみを産み出すことができました。

 今や総白髪となったお母さんの若い頃が無茶苦茶カッコいいのです。ベッピンさんだし、TV番組の司会を務め、社会運動にも積極的に参加し、こりゃあさぞやもてただろうなと思わされます。そのお母さんと大学で数学を教えるお父さんの組み合わせです。絵に描いたような理知的家庭に見えます。ところが、実はお母さんは、お父さんの自由な女性関係にかつては深く傷つき悩んでいた事が分かって来るのです。こうした夫婦の内と外と現在の二人の立場を交互に並べる事で、介護にまつわる単なる家族愛の物語ではなく、「人の歴史物語」になり得たと思います。

 ドイツ人らしく、と言ってよいのかどうか分かりませんが、情よりも理性でお母さんの介護を考えて行く姿勢も身につまされました。余裕を持って穏やかに描いた作品なのですが、でも、やっぱりちょっと辛かったなぁ。 

アミューあつぎ映画.comシネマ にて(#41-149)

コウベダルマガレイの産卵

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【コウベダルマガレイ】 2017/08/20  富戸

 午後遅くは、このところ恒例となっているコウベダルマガレイのチェックです。今年は個体数が多いから、産卵も見られる筈と思っていたところ、遂にこの日、定点観察中のオスが続けて2匹のメスに産卵させるのを見る事ができました。その内の一回にとても興奮しました。

 オスがメスの下に体を滑り込ませて揃って浮上し始めた途端に、それまで隠れていたらしい小型のスニーカー・オスが背後から迫り、オスの下にくっついて一緒に浮上し始めたのです。写真の一番上がメス、真ん中がオス、下がスニーカーです。

 この後すぐ、中層で放精・抱卵となり3匹はバラバラになったのですが、スニーカーも放精していたのでしょうか。

 コウベダルマのオスがメスに求愛中に、傍に別のオスを見つけるとガオーッと怒って遠くまで追っ払いに行くのですが、こんな事があるからなんですね。納得。

2017/08/20

ニシキアナゴ

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【ニシキアナゴ】 2017/08/20  富戸

曇り後晴れ、海況:並み、水温:22~26℃、透明度:16m

 ふぅ、こいつには振り回されました。何と言っても富戸初記録種です。となると、やっぱり見ておきたいじゃないですか。そこで、昨日はタンク3本をこれに注ぎ込んだのですが、聞いていた場所に行っても全く見当たりません。そこそこの水深なので、長く粘る訳にも行きません。

 数年前に富戸に初めて現れたチンアナゴは、巣穴に引っ込んでも暫く待っていれば出て来てくれたのですが、こいつは一旦引っ込むと穴の中で当分の間じっとしている様です。先のダイバーが引っ込めてしまうともうそれで終わりと言う事なのです。

 そこで、今日はダイバーの来ないであろう時間帯を見計らって一本勝負です。すると、案の定、ニョロニョロ出て来て潮の流れに揺られていました。いやぁ、遠い所をよくおいで下さいました。

肉弾

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【肉弾】

個人的映画祭「8月にスクリーンで見る戦争映画シリーズ」が続きます。

 『日本で一番長い日』の岡本喜八監督が、その翌年(1968年)に自主制作的に撮った作品です。その事からも、監督の本当に言いたかった事が詰まった作品である事が窺えます。

 爆弾を抱えて敵戦車に突っ込む特攻の使命を負った男の夢とも現実ともつかぬ物語です。と云うと、暗くて重々しいものを感じますが、全編、どこかすっとぼけて冷めた可笑しみが漂っているのです。娯楽作品を通じて知っている岡本喜八カラーが確かに横溢しています。でも、戦争映画でありながら銃撃・爆撃場面は殆どなく、登場人物も非常に限定的です。それは予算の都合と言う事もあったのでしょうが、戦争のバカバカしさを浮き立たせるのに非常に効果的でした。

 本作中で大変印象に残るシーンがありました。小学生が海岸で海に向かって本を読み上げています。

 「日本よい国、清い国。世界に一つの神の国
  日本よい国、強い国。世界に輝く偉い国」

 これは、僕の年代くらいがギリギリ知っている文章でしょうか。戦前の修身の教科書の一節です。子供の頃に親から聞いたのか、戦前を扱ったテレビドラマで観て覚えたのかは判然としませんが、久々に聞きました。

 「日本よい国、清い国。世界に一つの神の国
  日本よい国、強い国。世界に輝く偉い国」

 手許に資料がないので発行年や著者の名前は忘れましたが、いつだったか「美しい国へ」と云う国家論を上梓した人が居ました。

 僕も日本は大好きです。その魅力とは僕にとっては、「日本の自然」「日本語」「日本の食べ物(これは『美』味しいと云うべきかな?)」の事です。しかし、もし僕が日本の国に関する本を書くとしても(そんな恥ずかしい事は絶対にありませんが)、「美しい国へ」と云うタイトルは決して付けないでしょう。

 それは、「美しい国へ」と云う言葉が、ある年代の人にとっては上の修身の教科書と戦前の息苦しい時代を思い起こさせるだろうと想像するからです。もし、この本の著者がそこに思い至らなかったとしたら想像力の欠如した人だなと思わざるを得ません。

 いや、もし、十分にその事を知った上でのタイトルだとしたら薄気味悪いアナクロニズムを感じます。更に、「この一節のどこに問題があるんだ?」とまで考えているのであるとすれば、僕は本気で戦わねばならないと思います。

 「美しい国」の先に著者が想定しているのは「よい国」であり、その先には「強い国」さらに「偉い国」があるのだろうと思うからです。そして、更にその先には、『肉弾』で描かれるバカバカしい世界が窺えます。誇大妄想と言われても僕はそう思うのです。

 久々に修身の一節を聽きながら、映画館の闇の中で僕は身震いしたのでした。 

キネカ大森 にて (#40-149)

2017/08/19

クロイトハゼのマウンド

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